例年恒例としていたボツ記事特集、去年はそれすらしていなかった。ということで、まずは去年のボツ記事を。
『』内はタイトル、本文は当然、書きかけのもので、推敲もなにもしていない。あしからず。
読むとやっぱりネガティブだったり嫌な感じ。でもこれもコロ健の一面でもある。これはこれで私。
『消せない思い』
なかなか消すことのできない思いというのがある。楽しかったこと、嬉しかったことならいいが、これが嫌なこと、辛かったことだとあまりよくない。つい先日、人生は未来にある、と言っていたのに、私は過去に捕らわれ続けている。逆にいえばだからこそ未来にかけたいのかもしれない。過去に捕らわれている理由は二つある。一つは、そのことを忘れるとまた同じことをしでかしてしまう可能性があるから忘れられない。もう一つは、目には目をと、復讐しようと自分にされたことを忘れないのだ。
同じ失敗を繰り返さないため、というのはいいが、復讐心がなかなか消えないというのはつらい。
いつまでたっても、こういうことはよくないというのは知っているのだが、どうしようもないことかも知れないとも思う。
少し前に、やられたらやり返す、倍返しだ、という台詞で人気を博したテレビドラマがあった。仕返しが成功したとき、視ている人は胸のつかえが取れたように拍手喝采、ああいう感覚は人間誰しもが持つどうしようもない業のようなものなのかもしれない。
実際の世の中は小説やドラマとは違う。そう簡単に物事が運ぶわけがない。自分が公正であるならば、堂々と今、幸せであることをかみしめながら生きていれば、十分な意趣返し、復讐となるように思う。
『いいね、結婚式は』
ここ何年か結婚式に呼ばれていない。若い人の非婚化が進んでいるせいもあるだろうけど、それより自分が年を取ってしまったからというのが大きいということに気がついた。年寄りは、結婚式には不要なのだ。というのも、今の職場、近くにいくつか結婚式場があり、今日も、帰りに前を通ったら新郎新婦の友人達が少し赤い顔をし連れ立って歩いていた。そして、結婚式というのは若い人たちに祝ってもらってこそのものだと、つくづく思った。自分たちの結婚式を思い出して、友人のスピーチは覚えていても、両親がどんな顔をしていたのかなんて覚えていない。そんなものだろう。そう思うと、かえって結婚式に出たくなる。私の周りにも何人か適齢期の親戚、知り合いがいる。誰か呼んでくれないかな?
『クスリに手を出したきっかけは』
『どうしたら後悔を知らせてあげられるのだろう』
私自身の人生で、人を傷つけてしまい後悔していることはたくさんある。でも、人間として生まれて、人のことを傷つけることなく生きていくことなどできない。そして、どの程度まで、傷つけてよくて、どれ以上はだめ、という線もひけない。転ばぬ先の杖、などというがそんなものがあるのかなんて、誰もみたことがないのでわからない。
『男はみんな下衆なのか?』
センテンススプリング(週刊文春)の独走許さじと、今度はフライデーがスクープ。
『臨床医の服装、病理医の服装。』
今年初めに放映された病理医ドラマフラジャイル。実際の病理医にもずいぶん影響を与えているようだ。その一番が、服装だろう。
それはともかく、今のところ二着の背広を毎日交互に着回して毎日仕事に出ている。前の職場で着ていた白衣はまだ引っ越しの段ボール箱に詰めたままだ。そのうち病院から白衣が一着は支給されるだろうから、それまで待って、どうしても必要なときはそれを着ようと思っているが、おそらくそのようなことにはならないだろう。
病理医の服装については前にも考えたことがある。これまでの病理医人生のうち背広を着たのは新人の一時期。先輩に病理医がなに背広なんて着ているんだと言われてからは学会以外では着なくなった。今はIDカードを胸ポケットにつけるので、そこの傷みが気になる。
『おねだりする医者、できない医者』
私の知り合いが、とある有名病院に入院したとき、医者や看護師におねだりされて参ったとこぼしていた。何でも「皆さんでどうぞ」といって差し入れを持って行ったら以前は「患者さんからそのようなものを受け取るわけにはいきません」と固辞されていたのに、今回(7,8年ぶり)は喜んで受け取って、その上その時いなかった看護師にもねだられてまた持っていって、さらにはそれを聞いた医者からもおねだりされたとのこと。え、あの名門病院がと驚いた顔をみせたが、その病院、昔からそういうことを患者に要求することは聞いていたので、さほど驚くことはなかった。
ある程度の経験を持った臨床医で患者さんからお礼をもらったことのない人というのはいるだろうか、おそらくいないだろう。ちょっとしたお菓子から始まって、上は天井知らず。保険診療の制度を云々することになるのであまり突っ込んだことを言う気はないが患者さんにしてみたら、そうやって少しでも経験を積んだ医者に丁寧に診て貰おうとする。魚心あれば水心、実際贈り物の多い少ないで差をつける医者はいるし、出された物を突き返す医者はいない。結果としておねだりする医者も大勢出てくる。こういうことがあるので、医療はそれほど平等ではないと言える。
保険診療の元で働いている医者というのは公務員だと前から思っている。だから、そういう医者はすべての患者さんを均等に診る義務がある。そうしたくない医者は、独自の施設を持って自由診療でやっていくべきだろう。とはいえ、医学部での教育費の多くは税金が投入されていることは忘れてはいけない。医師というのはすべての国民のために養成され、働かせてもらっている。
今さらおねだりする医者を無くすることなどできやしないだろうが、患者さんの権利の保証のためには、せめて研究開発法人とか独立行政法人といった旧国公立病院、国公立大学病院の医師は患者さんからの贈り物は受け取ってはいけないという規則を罰則付きで制定するべきだ。とくに国立病院などは給料が安すぎて医者がやめてしまうからと、舛添要一が厚生労働大臣の時に給料をずいぶん上げたのだから十分だろう。
それでも何とか渡そうとする患者さんはいる。
ずいぶん人気の出たNHKの連続テレビドラマ「朝がきた」。その中で商売が傾いたのち、農家に転じた主人公の義理の兄がいまわの際で言った「人の顔色気にしないで、誰にも媚びずに生きてきた」台詞が印象深かった。
こびずに生きているという点では、病理医もそうだと思っている。実際のところは、媚びようとしても媚びる相手がせいぜい同業者ぐらいしかいないということだ。
『去った人、手をさしのべてくれた人・・・去った人』(本文なし)
『去った人、手をさしのべてくれた人・・・手をさしのべてくれた人』(本文なし)
『ひと月経った』
新しい職場にうつって1ヶ月。馴れないことが多くて、はじめはあたふたしたが、だいぶ馴れてきた。
『物理的な忙しさと精神的な忙しさ』
来週いっぱい公私合わせて用事がつまっている。一体いつ体を休めたらいいのか分からなくなるぐらいだが仕方ない。人によって活動力には差があるのでどの程度まで無理していいのかわからない。そもそもパフォーマンスを向上させるのに無理をする必要があるかどうかも怪しい。
だが、人から頼まれたことを無碍に断るわけにもいかないので、それぞれになるべく応えていたらだんだんと首が回らなくなってきた。
物理的に忙しいと、精神的な負担も大きくなるが、今のところ気に入ったことしかしていないのでこちらの方のストレスは少ない。
昨日一昨日は仕事関連でアルコール付きの食事をして、今日は中学高校の同窓会。この年で三連ちゃんは少しきつい。
『犬派か猫派か』
犬の散歩で歩いていたら、近所の空き地に猫がいた。

『注意力、散漫』(本文なし)
『大きな声で返事して』
鎌倉駅に帰ってくると、大声を出している人達がいる。ビーチで飲んで気分好くなっているのだろう。
『スイカ農家』
この間の休み、以前からスイカを譲ってもらっている農家を訪ねた。
巨大なスイカが、土間に積み上げられているのを見るのはいつ見ても圧倒される。
1個20キロ近くあるので、持つのも大変だった。

お野菜も譲ってもらって帰った。
『大変な時、助けてくれた人』(本文なし)
『個々の癌細胞への愛おしさ』(本文なし)
『解剖慰霊祭』(本文なし)
『自分の選択を後悔しない』
誰かが何かを決断したとしても、結局はその人自身の決断であって、他人は関係ない。もちろん、それが独裁者の決断であれば、困る人は多いが、それでもすべてのことは個人レベルの話として落ち着くことになる。私もちょっとした決断をした。このことで少し困る人もいるかもしれないが、たいしたことはないだろう。世の中というものは水と同じで常に隙間ができないようになっている。
だから決断をするにあたって大切なのは人目を気にすることではなくて、自分の決断を後悔しないことだ。人生は短くて、やれることには限界がある。人の言うなりになっていたら、そんなことできない。
何よりも人を大切にしていくことが一番だと考えている。
『どうしたら貧乏と言えるのか』
貧困家庭の取材で、子供が贅沢だと非難した人がたくさんいる。国会議員まで非難したらしい。ではどんな生活をしたら貧乏と認めてめらえるのか?見るからにみすぼらしい格好をして、何もせずじっとしていたらいいというのか。
『地震ではなく爆撃で亡くなる人』
シリアの停戦が崩壊し、多くの人が瓦礫の下敷きとなって亡くなっているそうだ。
瓦礫の下敷きなんて、地震でのことしかありえないと思っていたが、なんたることだろうか。
『今、何がやりたいか?』
夢を持っているということがとても大切だと、いつも思っているのだけど、今、何がやりたいか?と聞かれると答えに困ってしまう。
原因は何か?毎日、ぎゅうぎゅうに仕事が詰まっていて、何も考えることができないとか、今の環境が楽しくて嫌なことがあまりなく満足しているのか。どちらかといえば、前者だと思うのだけど、
『映画 「スターウォーズ ローグワン」』(本文なし)
『お金のやりとり』
忘年会シーズンもたけなわ、頭が痛いのが、会費。
見栄をはる必要はないのだが、どうしても少し多めに払わなくてはいけない局面というのもある。
ずいぶん昔のように思える
