昨晩放送されたNHKスペシャル「亜由未が教えてくれたこと~障害者の妹を撮る~」は色々なことを考えさせられるドキュメンタリー番組だった。重度の知的障害を持つ23歳の妹がいる、NHKに勤務する3歳違いの兄が1ヶ月間、妹の介護をし、その様子を撮影して妹とのこと、家族とのことを考えるという内容だった。妹との1ヶ月間を淡々と撮影し、両親、妹の双子の姉妹に妹とのことをインタビューしただけで、取り立てて何か変わった趣向があるというわけではなかった。
でも、ところどころで、涙が溢れ、夜中に目が覚め、自分なりに色々なことを考えさせられた。
それぞれの人の言葉で印象に残ったことがある。
母親の「できることなら、リセットしたい」
父親の「(妹のいる生活が)当たり前」
もう一人の妹の「(妹が)いつも気にしてもらっているのが羨ましかった」
どれも障害を持った家族がいる人だからこそ感じ、発することのできる言葉だと思った。そして、障害者の家族への思いを言葉にして表現することができるなんて、この家族すごい人たちだとも思った。たとえ言葉にすることはできなくても、私はダウン症の弟のことをこの人たちほど考えたことはあっただろうかと自問もした。

家族の誰かに障害を持って生まれてきて欲しいとは誰も思わないだろう。でも、もし、障害を持った人が家族にいるからといってその人は家族に不幸をもたらすわけではない。
できたら、障害はないほうがいい、だからリセットしたいとは思う。けど、家族はいるのが当たり前で、障害を持っているからといって何かが変わるわけでもない。さらには、同じような立場にあって愛情を注いで欲しい人にとっては、むしろそのことが疎ましく感じられることがあってもおかしくない。
この番組を作ろうとしたきっかけは、1年前に神奈川県で起こった障害者施設での殺人事件だそうだ。犯人がなぜ、生まれつき障害を持っている人のことを、不幸せをもたらす人であるかのような考え方をしたのか、私にはわからない。そしてこの番組を作ったNHKの彼も、改めて妹の介護をしてみて、犯人の考えはやっぱりわからなかったに違いない。「妹がいて、不幸だと思ったことはない」と言っていたし、これから先もそうだろう。
何をもって完璧というかはわからないけど、人間、誰しも何か欠けたものを持って生まれてきている。眉目秀麗、頭脳明晰であったとしても、すべての人に好かれるわけではない。たとえ、神様のような存在があったとしても、悪魔は常に存在する。
私の弟は、人のことを陥れようとか、意地悪しようとか、そういったことは考えない。少なくとも、そういうことをしたのを見たことがない。弟がいた施設には、暴れて物を壊す人もいた。でも、それは体が勝手に動いてしまうからで、誰かを困らせてやろう、不幸にしてやろうということでしているのではない。障害のある人は、悪魔から一番離れた存在、神様のような心の持ち主なのだと思う。
それは、彼らが他人の手を借りなくては生きて行くことができない、ということを彼ら自身が知っているからかもしれない。だから、控えめに生きることを余儀なくされ、自己主張をしない、わがままを言うことができない、ということかもしれない。
でも、人は所詮一人では生きていけないのだ。
人は生まれた時、全く無力な存在で、放って置かれたらそのまま死んでしまう。そして、そのようなことは人間の一生を通じていえる。人間誰しもやがて老い、病を得て朽ち果てていく。その時、人は誰の助けも得ないで生きていくことはできない。だから、障害を持つ人のことをあしざまにいう人がいるとしたら、それはその人自身が身の程知らずであり、そのことが自己否定であることがわかっていない不幸な人だ。そして、自分自身が悪魔のような心の持ち主であることがわかっていない。
あの忌まわしい事件のことは、忘れてしまいたいと思うが、昨日の番組を見て、忘れてはいけないことだということがわかった。私たちが直面している問題は障害者だけのことではないのだ。
全ての弱者は自分自身
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