(一昨日からの続き)
男性と女性は、同じ人間というだけで、あとは全く違うものだ。もちろん、男性性、女性性の比重は異なるのもので、表現形が男性であっても精神的に女性という人、またその逆の組み合わせの人もいるし、様々な度合いで異なる。でも、そういった、心の性比のことを別とすると、人間の男性と女性は生物学的特性、特に脳の構造は随分違う。左右の脳をつなぐ脳梁の太さが男性に比べて女性の方が太いために、男性と女性では思考パターンが異なる。
脳の構造が違うのだから、基本的にすべて違うのが当たり前で、男性は何かに集中するともうそれきり、外からあれこれ話しかけられたりすると、集中を欠くと怒り出す。でも、女性は何かしているところに、話しかけられたりしても、十分対応できる。気を散らしているわけでも、不真面目なのでもない。女性はマルチタスクなのだ。だから、あの、複雑な家事(育児、食事、掃除etc)を同時進行的に処理していくことができる。
でも、男性は仕事の場ではそれを明らかにしようとしないでいる。古い考え方の職場は男性的な考え方を踏襲し、女性が参入した場合それを、男性領域への侵略として警戒する。仮に参入した女性がいて、何かあれば「だから女はダメなんだ」というような言葉で排除しようとする。なんだか、ものすごく不公平だ。

男性が社会構造を構築して来たのだから、男性にいいように社会はできている。
そんなこと、よくわかっているけど、どうでもいいじゃない。それに、今のままで十分。
というのであれば別にいい。というか、これまではどうでもよかったかもしれない。
ところが、構造問題的に上手に結婚できない若い男女が増え、結果として少子化が進行して人口がどんどん減って、もう社会が回らなくなるかもしれないというところまで来て、今度は女性を男性が減った分の労働力の穴埋めとして使おうと一億総活躍社会だとか、男女共同参画社会だと言い出した。そんなことをいうのであれば、女性が活躍しやすい考え方を社会的に醸成しないといけない。男性の減った穴を埋めるのではない、女性ができることを加えていくのだ。
それぞれの職種で女性の特性、男性の特性というものを探し出し、それらを明確化して、得意なことを伸ばしていかなくてはいけないのに、そういうことをせず、男性基準で多くを決めていく。何かあれば、「だから女は」だ。それでは、女性は、「じゃあ、いい、やらない」となる。仕事にはやりがいが必要なのに、こんなことでは有能な女性のモチベーションはいつまでたっても上がらず、閉塞感ばかりが募る。そして、逆に、女性から男性社会への攻撃が起こり、ジェンダー間の対立に発展しかねない。
医師であっても、男性医師、女性医師それぞれ得意な分野がある。それなのに、男性医師の多くは、ライバルとして女性医師の得意な分野に目を向けることなく、そのような芽を摘む。政治家だってそうだ。大臣ポストは男性の総理大臣にもらうもので、自らの実力で勝ち取ったものには見えない。男性の優位性を確保する必要がどこまであるのだろうか。

男の沽券にかかわる、などという言い方はもうやめてもいいのではないだろうか。
何度もくりかえすが、男性が女性に対して優位性を保っていた作業は、産業革命以降急速に無くなった。今後、ロボットの開発が進んだら、力仕事のほとんども男女の差はなく行えるようになっていくだろう。戦争はまだ残っているが、女性兵士は当たり前となりつつある。
世界では、女性の権利を剥奪し、教育もしない社会は未だに少なくない。今の日本の進んでいる方向は、そういった社会と実はあまり違いがないように思える。
AIの進歩という、新しい時代に突入し、男性が構築して来た色々なシステムは限界にきている。限界を打ち破るには、女性の視点からの新しいチャンスに賭けるしかないと思う。
(明日で終わり)
違いに目を向けて
