こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

忘れっぽくなったのは?

最近、忘れっぽい。
どうせなら、忘れっぽいことについては気がつかないで欲しいのだけど、嫌なことほど十分理解できるので、かえって嫌になる。

昨晩も新幹線を降りるとき、目の前の網ポケットに差し込んでおいたPCを危うく忘れそうになった。降りる前に、忘れ物がないか指差し確認をしたおかげで気がついた。忘れていたら、今頃大騒ぎだったろう。今日の記事が書けたかどうか。

原因は歳のせいか。人間、更年期に差し掛かってくると忘れっぽくなり、それを過ぎると短期記憶障害と病的な表現をされるようになる。記憶障害の原因はいろいろ挙げられているが、神経の萎縮だの老化とは違うこともあるのではないかと思う。

歳をとると、いろんなことをしなくてはいけなくなる。忙しいのだ。うっかりは、歳のせいではない。

おととい、ナイトの散歩から帰ってきたあと、犬の散歩の時に使う家の鍵が一瞬どこかに行ってしまった。トイレの横の台においてあるのに、息子が気がついてくれてことなきを得た。

いつもは、ナイトの散歩用のバッグにしまうのだが、その日はそうしなかったようだ。散歩に出かけるところから、途中でコンビニに寄って買い物をしたこと、などなど順々に思い出していくが、鍵をどうこうした覚えがない。散歩道のどこかに落としたのではないかと、最悪のことまで考えてしまう。だが、トイレにおいてあったというのを聞いて、全部思い出した。あの日は、帰って家の玄関を開けたら、コロのフンがあり、ナイトが食べたりしないように慌ててトイレットペーパーで包んで流したのだった。トイレットペーパーを引き出す時に鍵を台の上に置いたのだった。

あれこれ、一度にやろうとしたばっかりに鍵をほっぽらかしてしまったので、ひとつ一つのことをゆっくりやっていたらこんなことにはならなかった。PCのこともそうだ。降りることばかりに気が行ってしまったのが、悪かったに違いない。

うっかりミス、なんてことは老若問わずあれこれある。ただ、歳をとるとやらなくてはいけないことがとても多くなってしまうのだ。要領よくやろうとしても、処理しなくてはいけないことが多すぎて、追いつかない。そもそも、若いうちは、やることが少ないのだ。

新幹線に座って、弁当と飲み物を用意し、PCを用意し、音楽を聴くセットをして、などなどやっていたら、撤収にも手間がかかる。ただものををしまえばいいというわけではない。弁当ガラ、空き缶などの処理は食前よりも複雑になっている。”車内で捨てるか、駅のホームで捨てるか”などと考えるだけでもステップは3、4段階増えている。

生活の内容をもっとシンプルにしたらいいのだけど、何を削って、何を残すかというと、選ぶのは難しい。

とりあえず、何をするにも時間をたっぷりとってやっていくのがいいように思う。歳をとると若い頃と違って、時間が余っているという感覚がないのが、焦ってしまう原因かもしれないが。

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