目覚めとともに、阿蘇山が(爆発的)噴火を起こしたという知らせを聞いた。この噴火は1980年以来で36年ぶりということだ。数年前に熊本に行ったとき、地震は起こらず、中岳の火口は雨で見ることができなかったけど近くまで行くことができた。ラッキーというか、奇跡的なことだった。
宇宙にどれほどの数の星があるのか知らないが、今の地球のような状態の星はどれぐらいあるのだろう。仮に星の数が1000億個として、地球のような星が10個あるとしてその確率は100億分の一。ジャンボ宝クジの一等の当選確率が1000万分の一だそうだから、その1000倍となる。
銀河系だけで2000億個、一つの銀河に星が1000億個あるというそうなので、地球のような星が今ある確率は本当に天文学的な確率になる。

とすると、そこに生きている私たち人間というものは、確率など出せないほどの存在ということになる。地球と人間を相対する存在として考えると、地球という奇跡的な、確率的に存在が奇跡的という意味で、星に人間が生きているこの期間そのものが奇跡的な状態だということになる。そう考えてみたら、自らの存在そのものが奇跡的、ということになる。そして自らが存在し得たことを奇跡ではなくて、幸運だと少しでも思えたら、世の中に起きること全てが些細なことであって、いちいち振り回されることはないようなことということになる。
人生、やっぱり偶然の産物
