こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

いつからこんな私になったのか(1/8)中学受験-1

いったい、いつから私はこんなに意地悪な人間になってしまったのだろう。

昨晩、妻に意地悪なことをしてしまい、またやってしまったと思いながら同時にそんなことを考えた。

私の意地悪にさらされているのは、妻の他にも子供たち、まわりの人、さらには通りすがりの人まで多岐にわたる。
私は生まれつき意地悪な性格なのだろうか。
さすがにそんなことはないだろうが、多少はこの性格を良くする役に立つかもしれないと、いつからそうなったのかを考えてみた。

私の人生には記憶に残るいくつかのターニングポイントといえるものがある。

 誕生、弟のこと、小学校、中学受験、中学時代、高校時代、浪人、医学生時代、その後となる。

二十を過ぎたこの頃には性格はほぼ決まっているだろうからあとのことはいいだろう。
こう並べてみると、中学受験のあたりで性格が曲がっていったのではないかと思う。

 小学5、6年生でほぼ毎日塾に通い、小さな教室内でまわりはみんなライバル。

そんな所で知り合った同世代の人間との間に友情なんて育まれることはない。

体を造るのにも、最も大事な時期なのに日々塾との往復。

心身ともにのびのびしたい時なのに、ストレスはどんどん溜まるばかりだった。

塾のことはよく思い出す。

地域ではスパルタ式で有名な家族経営の塾だった。

生徒は板の間にぎゅうぎゅう詰めに座らされて勉強した。塾長婦人(国語担当)は大きなダイヤの指輪をしていたと、何かの時に母が言っていた。 

入塾テストになんとか受かり、その後は二番手クラスで推移した。

成績順などあまり意識していなかったのだが、ごくたまに私の名前が成績上位者に出ると、一番手クラスの子達から意地悪された。 

彼らにしてみたら、私あたりの“ちょいでき”レベルの人間が一番目障りであると同時に、つぶしやすく優越感を持ちやすい対象だったのだろうと思う。

はじめはそれが意地悪とは気が付かなかったが、だんだんと嫌な気がしてきた。

塾に行くのは嫌だったが親の期待を裏切ってはいけないと子供心に感じていたのだろう、過敏性大腸炎に苦しみながらも通い続けた。

その時は、意地悪でなかったのか、それとも単にいじめる対象が回りにいなかったのかわからないが、人に対して意地悪をした覚えはない 。

だから私は意地悪でない、その頃の自分が好きだ。

 小学校は楽しかった。仲の良い友人が何人かいたし、いじめもなかった。


こう考えると、中学受験が私の意地悪な性格を形成する素地となったのは間違いないと思う。


(この話、明日に続く)

 受験は“産業”

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