こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

犬を連れて、連れられて。

犬の散歩というのは、犬に連れられてしまうようではいけないので、主人たる飼い主がリードをしっかり持ってコントロールする。時間やコースもいつもと同じだと犬になめられてしまうので、いろいろと変える。とはいえ、自分が行きたいと思う場所どこへでも行けるわけでもないので、ある程度は犬による制限を受けている、すなわち連れられていることにもなる。

フラットコーテッドレトリバーのナイトを連れて海まで行った。日中、犬を連れ歩くのはいろいろと気を使う。すれ違う人に直接迷惑をかけないようにするはもとより、歩いている人を邪魔にするような歩き方をしてもいけない。それに、犬ばかりがまわりに迷惑をかけているわけではない。飼い主にしても散歩をするときにはいろいろと気を使わなくてはならないことがある。

 

鎌倉は観光地だから、訪れる人は楽しい気持ちでいっぱいだ。だから、ほとんどの人は連れ立ってニコニコしながら歩いている。そんなところで、散歩が義務であるかのようなブスっとした顔をして犬を連れ歩いていては、そんな楽しい気持ちの人に対して申し訳ない。したがって、今日のように一人で犬の散歩をしているようなときはどういう顔をしていたらいいのか密かに悩む。

とくに困るのは、若い女性のグループとすれ違ったような時で、しっぽをびゅんびゅん振りながら歩いているナイトを見て、そのうちの何人かに「あら、かわいい」などと言われるとどう対応していいのか苦慮する。

 

私がニコニコしながら歩いていれば、そのような時も、「ありがとう」と笑顔で返せるのだろう。だが、笑いながら歩こうとすると、ニコニコというよりはニヤニヤしているように自分では思えてしまい、我ながら薄気味悪い。結句、口角を上げるのがせいぜいとなってしまう。

犬に向かって話しかけながら歩くのもなんだか可笑しい。ナイトが先走ってしまうのを注意するために名前を呼ぶのなら良さそうだが(本当は犬を注意するときに名前を呼ぶのは良くない)、猫なで声ー犬なで声?ーで名前を呼びながらあるくのもどうだろう。せいぜい、歩きながらナイトの顔を見るぐらいだが、前を見ないで歩くわけにもいかない。

 

などというようなことを考えながら歩いているとしまいには顔が引きつってきてしまい、結局仏頂面に戻ってしまう。

黒犬にときどきリードを引っ張られながら、若宮大路を歩いているオッサンがそんなことを考えているなどということ、すれ違う人はだれも想像できまい。

 

もちろん、犬の散歩は楽しいものです 
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