こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

◯◯妻と私の妻

不肖コロ健、以前にも書いたが、女難の相があると言われたことがある。もう亡くなった祖父に小学校の頃にそう言われて以来なので、40年近く女性との関わりで苦労していることになる。確かに思い返すとそんな気もするが、男性でも苦手に感じる人がいないわけではないので、一概に女性が駄目とも言えない。だが、女性と接するときはいつも注意が必要なのは間違いない。

 

今、日本テレビで『◯◯妻』という連続ドラマを放送している。契約という形で結婚した柴咲コウ演じる◯◯妻と東山紀之演じるイケメンニュースキャスターの話で、家に帰ると丁度始まる時間ということもあって何度か観ている。◯◯妻は夫の生活、仕事を見事に支え、嫁姑小姑と上手に付き合うという、良妻を演じるのだが、観ていると『家政婦のミタ』さんとの違いがよくわからない。これなら私の妻のほうがあきらかにデキル妻だなどと思いながら観ている。

 

と、ここで思うのだ。結婚というのは一人の人間にとっては重大な幸福であり、リスクである。女難の相があるはずの男の私が、妻に三行半を突きつけられることなくこれまで連れ添って来れたのは、幸運としかいようがない。ということは、祖父が私に言った「お前には女難の相がある。女性には気をつけなさい」、というのはただの呪縛の言葉だったのではないかと。

 

男性は、女性が生物学的に異なる存在であることを理解している。だから、男女の平等とは男性と女性が補完しあっていくことを常に考えながら生きていくことだと思っている。それとも男性と女性が違うと考えること自体が、不平等だろうか。

 

すべての男には女難の相がある

ナイトにほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ  いつも応援のクリック、ありがとうございます  コロ