こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

黒田官兵衛と明智光秀

NHK大河ドラマ軍師官兵衛』。今年は久しぶりに欠かさず観ている。久しぶりというか、大河ドラマ始まって以来ではないか。以前にしっかり観ていた覚えがあるのは、加藤剛平将門を演じた「風と雲と虹と」、市川染五郎(当時)が堺の商人を演じた「黄金の日々」までで、竹中直人の「秀吉」も結構観たが、今回ほどではなかった。それ以来は大河ドラマはあまり見てこなかったが、今回はなぜかよく観ている。岡田准一が頑張っているからかもしれないが、あとは、岡田准一演じる黒田官兵衛の中間管理職的な姿に共感しているということもあると、昨日気がついた。

昨日の放送では1577年だった。本能寺の変はこの5年後の1582年である。
5年という歳月が長いか短いかはわからないが、少なくともこの時点で明智光秀はドラマに登場していない。
織田信長の組織というのはさぞ大きかったのだろう、現代社会でいえば大きな会社で、信長を社長として、役員以下部長、課長といて、明智光秀は役員の一人で、黒田官兵衛は役員秀吉の下の課長ぐらいだったのだろうか。
組織が大きいから、後の人生を大きく左右する明智などとは関わることはほとんど無く、5年後の本能寺の変を迎える。



どんな組織でも大きくなれば、トップはみんながかかわるが、下っ端のちょっと上あたりはいったい誰が誰だかわからない。いわゆる中間管理職だ。役員級なら、廊下ですれ違ったりもするだろうから、黒田官兵衛明智光秀とは知らぬ同士でもなかったかもしれない。

それでも、課長からしてみれば役員は雲の上の人。遠くからみているだけだったろうに、その雲上人が自分の人生を変えていく。これからのこのドラマの展開はそんなことになっていくのだろう。

現代社会を戦国時代に重ね合わせることは到底できないけれども、その組織の見かけのようなものは似てなくもない。
大名の下には武将がいて、武将のもとにはさらに部下の軍師とか武将がいる。今の医者の世界であれば院長とか教授とかから始まって、部長とか准教授とか、それぞれに相応するポジションがある。
そして不肖コロ健はどのあたりかと考えたら、ちょうど黒田官兵衛かと。



今も昔も、人間は大なり小なり組織を作って、自分の居場所を確保、拡充していく。
秀吉だって、それはずいぶん苦労をしている。
信長の茶器の利用法もよくわかった。
人間の営みなど、たいして変わりはしないのだと、昨晩はつくづく思いながらドラマを観た。

今回の大河ドラマではそういったところまで深く突っ込んでいるのだと、結構感心して観ている。

江口も竹中も上手い
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