こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

人類は、しょせん一つのものなのに

外交問題、とくに東アジアの領土問題、歴史認識の問題というのが難しい局面を迎えている。
立場が違えば、考え方は違うし、時間が経てば、考え方も変わる。

解決には時間と根気が必要だ。

3年前にこんきもで、「地球というパイを食べ尽くしたとき」という記事を書いたが、情勢はその時とあまり変わっていない。
すなわち、狭い地上はくまなく探索されてしまい、今度は、海洋資源の奪い合いとなっている。それにしても、地球の大きさには限りがあるので、早晩、地球のすべてが解明され、取り尽くされてしまうだろう。
そうして全てがなくなったところで、地球にすがるしかない人類は一つになるしかないのだから、さっさと落としどころを見つけてくれればいいのだが、なかなそうもいかないようだ。

早晩、といっても、100年先か、1000年先かはわからない。
少なくとも私の生きている間で無いことは、確かだ。

そういうわけで、地球のすべてが取り尽くされるまでは、あちこちでいざこざが絶えないのだろう。

残念なことだ。

自然科学の分野では、インターネットのおかげで論文は世界中どこでも手に入れることができ、情報に関してはほぼボーダーレスとなっている。情報へのアクセス、すなわち文献検索に差別はほとんど無く、科学者は基本的にはフェアに競争することが可能だ。
ちなみに、全ての人は生物学的に同じに扱われる。
所詮は、同じ穴のむじなである。

人類の知恵、というものが同じ土俵の上にあるということを皆が自覚すれば、ほうぼうで起こっているいざこざも些末なことに過ぎないはずだが、そう自覚するには人類はまだまだ、未熟ということなのだろう。

無駄な血を流すようなこと無く、いつの日か問題が解決することを祈るばかりだ。


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