500ページ近くの大著で、医学史から公衆衛生学まで幅広く論じられている。コロ健、論文と本は、一旦読み始めたら最後まで読み通すように心がけているのだが、本書を読破するのは大変で、足かけふた月かかってしまった。。
いくつか興味深い文章があったので、今後少しずつこんきもで紹介していこうかと思っている。
ところで、そもそもここで論じられている個々の問題ーー医療とか、医学とか、公衆衛生とかーーを語る資格のある人間というのはどんな人なのかと思う。川喜田氏は東京帝大医学部卒の細菌学者であり、分類上は医者に属する。氏は氏の立場で医学というものを通覧しているが、別の立場の医療者というのもいる。
だが、人間誰しも自分の立場が一番正しいので、それにあわせた考え方しかできない。
医者が医療について語るに一番適しているとは思えないが、では厚生行政に通じた官僚が良いのか、となっても疑問だ。それとも、新聞、テレビの記者。各種疾患の患者会の代表者。製薬会社の経営者もしくは社員(MR)。看護師、臨床検査技師それとも歯科衛生士。病院の清掃業者、医療廃棄物処理業者。研究医、非医師の医学研究者。放射線技師。家族の介護をしている芸能人。保育士。病院の事務員。病院建築家。そして患者本人。
とりとめもなく、“医療”、というものに関わる職業というのをあげてみたが、どの人にも医療というものを語る資格がある。この、「とりとめのなさ」というのが、“医療”という問題の特徴である。
なぜなら、誰しもが患者本人となりうるわけで、患者となってしまったら職業は関係がない。
ましてや、死んでしまったら、誰しも語る口もない。
「素人はだまっていろ」などという言い方をする医者は多い。だが、人の体のしくみというものを本質的に理解している人間などいやしないのであり、そのようなことを言う医者などというのは信用できない。
また、そういう医者に限って、自分の考えていることは正しいと思い込んでいるので、人の意見に耳を傾けないか、権威者の意見を盲目的に聞くのみとなる。
”医療の主役”は医者ではない。
かといって、患者本人でもない。誰しもが主役になりうるところが、“医療”のむずかしいところだ。
冒頭の、『医学概論』という本、そもそも横書きで、挿入文の多い文章はわかりづらく、名著とはいえないものの、“医療者”の端くれとしての私に、“医療”というものをもう一度考え直すきっかけをくれた。私にとって“医療者”としての残りの時間はわずか20年ほどだろうが、いい時期に、良い書物に出会うことができた。
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