こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

無駄の多い人生

よく、人生には無駄なことなど一つもない、という。

確かに身の回りに起こることはすべて有機的につながっていて、どんなにつまらないことであっても切り離すことはできない。

だから、無駄ということなどない、というかといえば、そんなことはない。

私の人生なんて、振り返ってみれば、無駄ばかりの人生だと思う。


太宰治は「恥の多い生涯を送って来ました」といったけど、さしずめ不肖コロ健は「無駄の多い生涯を送って来ました」だ。

あのときああしておけばよかった、ということばかり。

勉強、練習、進路、対人関係。なぜ、ああしなかったのだろう。どれもこれが時間の無駄。

すべてにおいて、失敗ばかりだった。今でもそんなことを繰り返している。

失敗はしなくていいものだから、失敗であり、失敗に対してはそのツケを払わなくてはいけない。


半分も残っていないこの先の私の人生、これまでのツケを払うという、更なる無駄のために生きていくというのが、とても残念なことだ。

まあ、そうはいっても、もともと人生、ツケを払うために生きるものだと思えば、多少は気分も楽になる。


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