病理医というもの、たいがい病理診断科の鏡検室か、切り出し室にいる。だから、臨床医と違って病理医は、病理診断科にいけば捕まえることができる。
いない時は、解剖室か、術中迅速診断の依頼のある手術を見に行っているか、昼休み前後に医局にいぐらいだ。
あとは、病理診断科の部屋にいる、在室率は80%くらい。すなわち、病院に12時間いる場合、10時間近くは病理診断科の部屋にいる。
そこで、病理医に用があれば、病理診断科の部屋へ来てしまえばいい。
ということで、臨床医がアポ無しで突然病理診断科の部屋にやってくる。
「あのー、ちょっといいですか?」とかいいながら、ノックもせずに部屋に入ってくる。
この時点で、診断に集中していたテンションがぶった切られてしまう。
顕微鏡を覗いている間、相当なテンションで思考しているのだが、病理診断をしたことの無い臨床医から見れば顕微鏡にかじり付いているだけなのだろう。
集中が切れてしまったとはいえ、「あんた、だれ?」とは、さすがに言えないので、「先生、だれ?」と聞く。「○○科の、誰某です。今度、学会があって、そのときに出す病理の写真が欲しいんですが」と言ってくる。以下は、去年すでに記事(「あきれたレジデント・・・君のような医者は絶対に伸びない」)にしているので割愛する。
病理医を20年以上やると、写真の自動販売機扱いには慣れるが、「いつもお前達は、そこにいるだろう」というのはつらい。窓から覗けば、そこにいる。という感じの扱いは嫌なものだ。
顕微鏡を覗いているのは、趣味とか余暇でやっているのではない。それなりの頭脳労働をしているのだ。だが、臨床医は、突然やってきて私たちの仕事を延び延びにする。
なんで、彼等臨床医というのは、私たちのことをそう扱いのだろう。と考えたら、わかった。
患者さんと一緒なのだ。「そこにいて当たり前」
いつでも自分が行ったときにいて当たり前、という感覚なのだろう。
そして、「自分の言うことを聞け」。
そこが仕事場なので、「そこにいて当たり前」、というのはいいのだが、その次に続く、「言うことを聞け」、というのがストレスになっているということがわかった。
ただ、よくよく考えてみれば、こういう人、医者に限らず、どこにでもいる。


