こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

考え過ぎの人生か

こうして毎日、ブログの更新、というか、日々考えたこと、思ったことを書き連ねていると、よくもまあ、毎日毎日、しょうがないことばかり思いつくものだと、我ながらあきれてしまう。

私はあれこれ、考え過ぎなのだろうか?

エセ哲学青年だった高校生時代から、何も変わっていない。

中途半端な理想論と、中途半端な正義感。
そして、その実、たいしたことのない、ウソばかりの実人生。

それらのギャップから生じる葛藤めいたものを、毎日ぼんやり考えている。

思考の柔軟性は、日々失われ、固定化した視点からでしか世の中を見ることができなくなりつつある。

つい先日も考えたことだが、身近に人生の良きロールモデルたる人がいればいいのだが、なかなか見当たらない。そんな人を探しているうちに、いつの間にか変わることができなくなっているのではないかと、不安を感じる。
それとも、いろいろな人の中に、良い部分を見つけながらも実感できないでいるのかもしれない。

答えを見つけ出すためには、人生はあまりにも短いが、答えなど探さずに生きれば、人生は案外ちょうどいい長さなのかもしれない。

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