昨日は、病理医になるための必須と考えている3つのプロセス(解剖、外科病理診断、講義)について考えた。
このコースに乗れば、一応それなりの病理医にはなれると思うが、では、なぜ不肖コロ健はいまだにあれこれ考え悩んでいるのか、という疑問がでる。
病理医になってしまえば、一応目的は達成したといえ、それなりにやっていればいいはずだが、そうはいかない。
病理医になるために、3つのプロセスを挙げたが、病理医を辞めることになる理由はその10倍はある。ホントにそうなら、30、挙げてみろ、と言われそうだが、私の場合、結構簡単に挙げることができる。だが、それでは、話が散漫になってしまうので、代表的な3つについて考える。
一つめは能力の限界。
病理診断部で診断の下書きをするのは病理医見習いばかりではない。臨床医で、専門分野の病理診断だけを勉強しにくるような医者もいる。私が見習いをしていたころ、外科系の医者で、診断の勉強をしに来ている医者の一人にとてつもなくできるやつがいた。彼の診断センスは横で見ていても惚れ惚れするほどで、良性悪性の判断を悩むような症例でも明快に診断を付けていた。このときは、相当落ち込んだ。臨床医でも、自分よりできる医者は山ほどいる。
限界を感じた挙句、上司に病理医になれる自信が無いと、相談した。
すると、上司は、「おまえな、そんなことで悩むな。俺たち病理医は、病理総論を勉強しているんだぞ。それに自信を持て。」コロ健「いや、学生時代病理総論なんて…」上司「馬鹿、解剖やって全身の臓器を診て勉強するのが、総論なの。だから安心して勉強しなさい」
いまでも、唯一、私が病理医としての自信を持つよりどころだ。
二番目は孤独。
大学をいったん離れてしまえば、一つの病院に病理医は一人か二人(私のところは二人)。東京など大都市圏の病院には5,6人の規模でやっているところもあるが、欠員のあるところもあると聞く。それは別として、一人病理医の問題。
臨床系でも、小児科とか皮膚科とか一人医長でやっている科がないわけではないが、あくまでも”臨床医”である。病理医は臨床医とは目されず、一人孤独にやっている人が多い。パートで応援が来てくれるようなら、まだいいが、『最後の診断』のジョーピアソンよろしく、ホントに一人だと、厳しい。逃げ出したくなるのもむべなるかな。
特に、臨床研修制度が始まってからは、それなりに臨床で食べていけるようになっているので、仕事を選ばないで若いうちに病理をやめて方向転換するのも楽だろう。
私の場合、病院外に活路を求めた。大学から離れて立派にやっている先輩の紹介で、いくつかの研究会に参加し、大御所と呼ばれる先輩の先生たちに教えを乞い、また教えていただく。そのうち、そちらを通して、最初は小さな会のコメンテーター、次にちょっとした講演をさせていただいたり、原稿をいただいたりするようになった。
単に、人的ネットワークの重要性と言ってしまえばいいかもしれない事ではあるが、病理医にとって、閉塞感・孤独感を打破するためには、特に大切なことだ。
三番目は患者との距離。
つい数日前にも病理医のモチベーションを保つことの難しさに関連したことを記事にしたが、病理医には患者からの声、というものがこれまでほとんどなかった。
難しい症例の診断をしても、解剖をしても説明するのは臨床医。実際のところ、年間数千、すべての症例の説明を病理医が患者に対して行うことは無理なので、「これとこれは、病理が説明します」なんてことはできない。そんなことをしたら、どれがその対象症例なのかわからなくなってしまうので、臨床医も患者も困る。
ということで、病理医の目の前には標本という、患者そのものがいながら、声を聴くことができない。今、どんなことで悩んでいるのか、どんな病理診断を望んでいるのか。何もわからない。真の顧客が患者なのか、臨床医なのかが、漠然としてわからないでいるというのが、病理医の持つ、なんとなくもどかしい思いの原因ではないか。
これについては、数年前に始まった病理(診断)科の標榜、病理診断外来の開設、といったことが大きな突破口になりそうだ。病理医による病気の説明を聞きたいという方は思っていた以上に多く、月に数度は直接説明している。これだけは、日本病理学会がおこなった、ここ数十年で最大級の功績だと思う。
どれも、病理医以外の職業でも感じるような、一般論に収束されてしまうようなことではあるが、私がこのブログで毎日あれこれ考えていることの元となっていることのような気がする。


