”心のゆとり”といっても漠然としているが、私としては、心と現実との間のギャップというか、遊びのことと考えている。
すごく嫌なことが突然空から降ってきても、それを遊びの部分で受け止めて、心にはダメージを与えない。
そんな生き方ができるといいのだが、相変わらずすぐに怒ってしまう。
自己嫌悪

私の個人的な特性なのかどうかよくわからないが、相変わらず、すぐに怒髪天を衝いてしまっている。
とくに、通勤途中。
見ず知らずの相手に、怒りを表しても逆襲にあうかもしれないわけで、”歩行喫煙”とか”歩行者を無視したオートバイ、自動車の運転”とか”歩道をものすごいスピードで走行する自転車”とか”ヘッドホンから流れてくるシャカシャカ音”とか”電車内での大声の会話・携帯電話使用”とか、数え上げればきりがないほどイライラすることがあるが、いちいち目くじらを立てず、心にゆとりをもって、ながせるようになるといいのだが・・・難しい。

どうすれば、いいか。
「考えない練習」を読んで、多少はわかったような気もしたが、その後あった大地震で、意識を意識するという作業があくまでも平時の作業にしか過ぎないと気づいてしまい、これはこれで人間として本質的なことではないような気がしている。
したがって、やはり、『心のゆとり』というか、『心の座布団』というか、そういう心と現実の間の緩衝地帯がまずは必要なのかと思うがいかがだろう。

あなたはどう思われますか?