こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

口からでまかせではないのだが、真実はどこにある?

ときどき、自分でしゃべっているのが怖くなる。
ふだん、口を開いていない時は、落ち着いて何か考えているはずなのだが、いったんしゃべり出すと、考えるほうがおろそかになって、どんどんしゃべってしまって、最後はろくなことにならない。
いきおい、しゃべるのが怖くなる。

口から出てくるのはどれもあやふやなことばかり、言ったあとで思いおこすと取り消したくなる。口は災いのもと、というが、まったくそのとおり、こちらが普通に話していたつもりでも、相手は不快だったなどということはしばしばある。

確信犯的に悪口雑言を言うような人もいるにはいるものの、私の場合思わず口をついて出た言葉をなかったことにして欲しいということがほとんどだ。
でまかせばかりしゃべろうとするつもりではないが、では果たして私たちが発している言葉のどれほどが真実なのか?一つ一つ吟味してみれば、そのほとんどが真実とはほど遠いものであることは、皆薄々知っている。太陽は東から昇るというのは見かけ上のことにすぎない。

真実とはなんなのか。真実とは存在するものなのか。
私自身がかろうじて生きているらしいことだけは真実であるようだが。では、生きているとは?

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