朝7時に護送車然としてホテルの前で待ち受けているバスに乗り込み、窓から路面電車を眺める。

路面電車が走る街は、アクセントがあっていい。
今日も、朝から土砂降り。受講生、みんな来れるのかな?と老婆心ながら心配したが皆無事到着したようだ。

お手伝いの内容はというと、バーチャルスライドを使っての、一コマ、50分の病理解説。
ここ数年、同じ分野を担当させてもらっているが、いっこうに上手にならない。
これを朝から、昼食を挟んで5回(休憩1コマ)。いつもながら、しんどいが、それでもなんとか終わらせた。

考えてみると、受講生は休憩無しでぶっ続けなので、もっと大変かもしれない。
終了後は、長崎大学は蘭学についての貴重な資料がたくさんあり、それを見学させていただいた。
解体新書の写しというのも手に取って見ることができ、感動。
滝のような雨もあがり、五人ほどで連れ立って被爆地を歩いた。
緑豊かな、美しい(が、坂が多い)街を歩くと、戦争のむごさを感じざろう得ない。
この浦上天主堂もたちまちのうちに消え去ったそうだ。

広島でもそうだったが、数万人(長崎7万人あまり、広島12万人あまり)の人が、一瞬にして亡くなったのかと思うと、胸が締め付けられる。
核兵器がどうの、というのではない。ひとたび戦争となれば、勝つためにはなんだってやる。
総力戦ともなれば、なにが起きても驚いてはいけない。想定の範囲内では勝利は得られない。

だから、戦争はしてはいけない。
人は人を殺してはいけない。
当たり前のように平和はここにあるが、その有り難みをあらためてかみしめる。
この、気持ちを、みなで共有し、永遠につないでいかないといけない。
それにしても、長崎は坂が多い。被爆地を一緒に歩いた先生の1人が
「(坂が多すぎるせいか)自転車が圧倒的に少ない街ですね」
たしかに少なかったが、ほんとうのところ、どうなのだろう?
その分、みな、足のように路面を使っているように見受けられた。