いつもの駅で、便所に入った。冬場はとくに寒いので、歩き出す前に”小”を済ませておく。
家を出る前に大小済ませておくのは当然なのだが、途中1時間もあると、家を出る時は万全と思っていても、どこで催すかなど、わかったものではない。
朝の腹具合ほど悩ましいものはない。
一晩寝たあと、1時間足らずで家を出るわけで、必ずしも全部を出しきってはいない。
今日もそうだったが、”大”の方はいつも混んでいる。月曜の朝は特に混む。”小”の方は私のほかに使う人間はいなかった。
この駅のトイレは”小”5、”大”3+1の割合。”+1”は車いすも入れる大きい部屋。

当然、一回あたりの時間も長いので、どうしても混んでしまう。
私も”大”の方に、並ぶこともあるが、あの緊張感は思い出すだけで冷や汗が出る。
みんな真っ青な顔で”大”の扉の向こうからの洗浄音を待っている。
わかる。もう限界というところで、みんな頑張っているのだ。
一心不乱に本を読んだり、音楽を大音響で聞いていたりする。
小学生とかが、ぶるぶる足をふるわせて待っている姿など、涙を誘う。
そう言いながらも、いざとなると、順番は譲れない。ある時、私が列の一人で頑張っていたとき、次が私の番というところで、横入りしようとした小学生がいて、「ちゃんと並べ」と言って、自分の番を守ったことがあった。罪滅ぼしと思って、すぐに(本当にすぐに)出たら、まだ列は動いておらず、最後に入った私が一番最初に出たことになった。その時!私の後ろに並んでいた、すなわち次の番の男性が、その小学生に一言「先に使いな」。
なんて、太っ腹。尊敬すると同時に自らのケツの穴の小ささを恥じ入ったことがある。もちろん、その小学生はおもらしせずに済んだ(と思う)。
でも、今度またそういう事があったときに、その男性のように言えるか自信はない。
気になることとして、駅の便所がタバコ臭くなっていることが多いが、用を足すわけでなく、喫煙所代わりに使っている人間がいるとすれば、言語道断だ。
駅以外でも、朝の通勤経路途上の公衆便所の場所は、当然のことながら把握している。
この前、駅を出るときに、嫌な予感がしていたのだが、どうせ混んでいると思って歩き出したのが運の尽き。途中でお腹が痛くなってきてしまった。というようなことがあった。詳細は割愛するが、無事だった。
かように公衆便所の存在は、とても大切だ。
幸い、帰宅時に催すことは無い。帰宅時の駅の便所の”大”は空いていることからは、ほかの人も大丈夫なのだと推察される。
ことほど左様に、朝の腹具合ほど悩ましいものはない。