
朝から我が家の犬が動かなかった。犬の世話をしたことのある人ならわかると思うが、ちょうどふんをするような恰好で、じっとしている。ずっと。
近づいても、声をかけても、こちらの方をじっと見るだけで、動かない。
不審に思った妻が抱き上げ、尻の周りを見ると、親指大の硬いふんが一個着いていた。便秘かもしれない、といわれ、私が尻の周りをもんでやったりしたのだが、出ない。結局、私が仕事に出るまで出ず、職場に着いた頃、妻から『やっと出た』とのメールが来た。さて、その時の犬の顔といったら、深刻そのもので、みるからに困ったような顔をしていた。
あいつにしてみれば、とてつもなく大変だったに違いないと思う。
我が家の犬の便秘の顛末はどうでもいい。私がこのことを通じて感じたのは、動物には感情がない、という人がいるが絶対にそんなことはないはずだ、ということ。
もちろん、”人間的な”という人間としての尺度から見れば、”犬の”感情というのはずいぶんと違ったものかもしれないが、あいつの困った顔というのは、そう簡単に忘れることはできないものだった。
外出先で急な腹痛に襲われた時の状況を思い浮かべれば近いものがあるのではないか。いやただ単に、便秘になってしまった時のことを考えてみればいい。
その時の”困った感”というものに、人と犬との間にどれほどの違いがあるだろうか。たいして違わないはず、と言う点で、人間もやっぱり動物なんだろうな、と感じた出来事だった。