
今年は『SURF&SNOW』三十周年だそうで、苗場には”祝!サーフ&スノー、30年”みたいな看板がたくさんあった。
それにしても、「恋人がサンタクロース」が出てからもう、30年とは(この曲が使われた「私をスキーに連れてって」はこの7年後だそうだ)。私も二十五、六年前、苗場(正しくは筍山だそう)へ向かった。夜中に東京を出て、4時か5時に駐車場に着いて、夜明けを待った。夜が明ける頃には駐車場にはずいぶん車が来ていたような気がしたが…
妻は同じだが、これに子供が二人増えた状態(正確には息子の友人二人も一緒)で、二十数年ぶりに苗場プリンスホテルに泊まり、朝7時過ぎに、駐車場を見ると、びっくり。日帰り用の駐車場に、車がいない(いるのは宿泊客で、昨晩からそこあるだけ)。駐車場は、”無料”なのに。
あの頃の訳の判らないブームはなんだったんだろう。半徹で、死にそうな眠気と戦いながら、今とは全く異なる、滑りにくい板をはいて、必死にこぶだらけの斜面を降りていた。あれは何のためだったのだろう。子供達は、幅の広いスキー板で、楽しそうに滑っている。うーん、
”苗場”、この響きに憧れていた頃、私は一体、なにに浮かれていたのだろう。もしかすると、私だけではなかったんじゃなかろうか。みんなで、浮かれていた。
ドラゴンドラという、長いゴンドラができていた。もちろん、リフト共通券で乗ることができる。”秘境”だった、かぐらスキー場に、いとも簡単に行くことができた。こんなに設備投資をしても、来場者が激減してはどうなることか。
苗場プリンスホテルも季節営業だけになるそうで、従業員も昔とは桁違いの接客の良さだが、時すでに遅し。バブルの頃にこそ、スキー業界も、観光業界もたくさんたくさん、サービスをして我が国に、ウィンタースポーツを根付かせておくべきだった。
あの時の、貯金はもう底をつきかけているように見える駐車場の風景だ。