こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

病理医の道(2)

一年ほど前に、病理医の道という題で、外科の手術への待機の話を言っていた。

今度は解剖について。

一昨日、昨日と浜松で学会があり、幸いにも昼で終わる学会だったので、帰りの新幹線ではうなぎ弁当をつまみにビールでも飲みながら、と思っていたら会場にレジデントからメールが。

死体解剖保存法の規定により、死体解剖資格がないと病理解剖は一人では行ってはいけない。って、当り前で、医師免許があれば何でもやっていいというわけではない(死体解剖資格は各種専門医資格とはまったく違い、国家資格)。

上司は別の学会でやっぱり不在で、本来の当番医である私が病院に戻ることに。幸い浜松は昼に出れば病院には昼間のうちに帰れる距離なので、閉会式を聞かずに帰った。

今日は、品川で学会があり、専門医会というのに出てきた。

病院に張り付いているわけではないので、どう表現してよいか困るが、病理医も忙しい。

ましてや、人数が少ないので、代わりがいない。

今年は、産科医不足で、話題は持ちきりなので、一時期少しだけ話が盛り上がった病理医不足は誰も知らない。

だけど、団塊世代の病理医ってすごく多い。医者の定年は65歳というのが多いので、2010年から病理医不足は表面化する。しばらくの間は定年になった先生方がバイトとかで踏ん張ってくれるとは思うが、さすがに70歳を過ぎてくると、解剖はきつい。

私だって、とんぼ返りでレジデントと一緒にやった解剖のせいで、腰が痛い。今日は某大学とのOB戦が夜からあったのだがパス。

どこへ向かうのかわからないが、病理医の道も理想だけではやっていられないように思う。