こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

人はどうして太り、何のためにダイエットするのか

雨上がり

昨日は大きな雨雲が日本列島を横断して、鎌倉もずいぶんしっとりした朝を迎えることができた。

岩手県での山林火災も少し収まったようだ。

今日も少し降るようなので鎮火に向かっていって欲しい。

 

先日、出張が多くて疲れたと書いたが、疲れの原因の一つに外食もある。

外食は塩分が多い。

しょっぱい方がおいしく感じるし、わかっていてもたくさん食べてしまう。

結果として体内に塩分が蓄積され、それを薄めるため水分が貯留してむくんでしまう。

増えた体重を元に戻すにはその逆でコントロールしたらいいはずなのだが、体はそれほど簡単に反応してはくれない。

 

数日かけて、体重が元通りになっても、ちょっとしたタイミングで蕎麦屋に入り、味の濃い汁を多めに飲んでしまう。

せっかく、帰宅直後のおやつむしゃむしゃをやめているのにこれではその効果も限定的だ。

外食で一旦得た体重を元に戻すのは一苦労だ。

 

しかしながら、体重体重と、一体何のためのダイエットなのだろう。

細ければいいというわけではなく、格闘家をみれば体重が重いことが合目的的であることは自明だ。

私の場合、体重の増加は服のサイズ、特にズボンのサイズが合わなくなるのが困るということでウエストのこれ以上の増大を止めたいということが目的だ。

あとは、血圧。

ある時、循環器内科の先生に”血圧なんて、少し高いくらいの方がいいですよ”と言われていたが、あまり高いと頭が痛くなるので、今は抑える方向にしている。

 

体重が重ければ血圧も上がるので、結局のところ内臓脂肪も塩分も減らす方向にしなくてはいけない。

いまさらここで高血圧の弊害を述べることはしないが、高血圧の低減にダイエットは有効であり、そのためには塩分は控えた方が良いだろう。

そして、外食も控えめにしたいところだが、なかなかそうはいかない。

外食もまた産業であり、人々が外で食べてくれなくては商売にならない。

現代社会というのは、食べ過ぎる仕組みと痩せろという圧力が同居する、ずいぶんややこしい世界になっている。

たしかに日本は天変地異の多い国だが

朝から土砂降りの大雨、気温も低くて何だか元気が出ない。

雨は昼過ぎには止むということだが、気温は低いままのようだ。

今朝のニュースは北海道で5時過ぎに起こった震度5強の地震のことだった。

先週、三陸沖で大きな地震があったばかりで心配が続く。

ニューヨークにいる娘が、地震がないのが何よりだといっていたが本当にそうだ。

 

ところで、この前軽井沢に住んでいる方と話をしたら、最近、欧米人観光客が増えていて、中国からと思われる団体客をほとんど見なくなったと話していた。

鎌倉も中国からの団体客が減って、送迎のためと思われる違法駐車も減ったらしい。

ただ、中国からの観光客がいなくなったわけではなく、個人旅行の人は相変わらずのようだ。

これは中国政府の日本旅行自粛要請の影響だろう。

市民レベルでは日本に来たいのに、政府によるあの手この手のプロパガンダで日本への経済的締め付けをしている。

親日の中国人が日本に来たくても来られないというのも気の毒な話だが、お上の方針では致し方あるまい。

最近では個人旅行で来る人も根絶やしにしたいのか、地震のことを引き合いに出して反渡航キャンペーンを展開しているという話をきいたが、ことここに至っては、礼を失した対応ではないか。

 

台風、豪雪を含め、天変地異が多いのは日本という土地の宿命であり、それを宿命として受け入れながら私たち日本人は生きてきた。

富士山だって、明日噴火するかなんてわからないから備えている。

私たちだって怖いし、そんなこと起きないで欲しい。

でもそれを言っても仕方がないし、それでも日本に来ようという人は引も切らさない。

政府が何か隠しているというのなら話は別だが、来日する人へは十分な情報を提供しているはずだ。

 

対話こそが大切で、日本を締め付けるのにそういう類のネガティブキャンペーンを貼るというのはあまり褒められたものではなく、そのような振る舞いでは、大国の名が泣く。

 

 

犬を飼うのは楽しいけれどちょっと大変



昨日、フラットコーテッドレトリバーのアンのブリーダーさん主催の、彼女の犬舎出身犬向けの飼い方講習会があった。

もちろん、有料。

それはさておき、ベテランハンドラーさん、レトリバーの専門家、犬の栄養学者、アニマルアロマセラピストなど、それぞれ一流の講師から話を伺い、実習もあり、実に充実した一日を過ごした。

日常の飼育のポイントでは、どうしてアンが妻との散歩は上手にするのに、私とは今ひとつなのか、その理由とか、ショーに出すにはどんな準備が必要なのか、フラットのトリミングの要点は何か、など具体的で興味深い話ばかりだった。

アンもモデル犬になってトリミングしてもらったら、さらに美犬になった。

アニマルアロマセラピーでは、もちろん犬と同時に人も癒された。

目から鱗が落ちるような話の連続で、大変勉強になったし、犬のことをどう大切に扱ってやるかもよくわかった。忘れないようにこうして書き留めてみたが、覚えきれるわけがない。これからまた、ちょっとずつ日々実践していくしかない。

犬を飼うのは楽しいけれど、ちょっと大変だ。

でも、大変、というのはどうやって愛情をかけるかを日々考えるだけのこと、大変なのは当然と言えば当然だ。

 

それにしても、久しぶりにアウトドアで一日を過ごし、何より私自身があれこれデトックスできたのがよかった。

会場はとあるキャンプサイトの近くで、夜、帰る時にはたくさんのテントの明かりがムーミン村の夜のように見えて美しかった。

伸縮可能な組織はなぜつくれないのか

小鳥さんおはよう

4月になって、私の病院ではたくさんの医師の入れ替えがあった。

常勤から研修医までいて、医局会では新人の挨拶というのもあった。

医局会はオンライン併用で、いつもは自分の机から参加しているのだが、年度はじめだけは会場に行って、新入医局員の顔を拝見している。

臨床検査技師も検査科に多く入職した。

組織体制が変わり、今年度の採用はいつもより多かった。

おそらく、看護部、事務、いろいろなところで新旧の入れ替わりがあっただろう。

そろそろ1ヶ月、皆さんなれただろうか。

 

新採用の話は別として、産休・育休、病気休暇の人が出た場合のやりくりというのに、頭を悩ませることが少なくない。

完全に今の倍とまではいかなくても、最初から少し多めに人がいたら、休む人のカバーができるのにと思う。

 

どんな組織も、事業を始める時は少し余裕があるだろうと思うが、仕事が評価されてやがて軌道に乗ると、仕事が増えて、人手が足りなくなる。

もちろん、人口減の日本では、絶対的な人手不足が言われているが、その原因の一つとして、産休・育休への対応を後回しにしてきたことがある。

子供を持つということは負担になるというのが、スタンダードになりつつあるが、それでも子供を持ちたいという人は一定数いる。

そんな、今や火中の栗を拾うような状況に見えても、それでも子どもを持ちたいと思う人ですら、子供を持つことがなかなかできないのが産休・育休への対応不足ではないだろうか。

 

もし、キャパいっぱいの仕事が来てしまうので、そのためにその倍の人間を用意する、ということが無理というのなら、キャパいっぱいまで欲張らないという姿勢も必要なのではないだろうか。

 

検査部門からいったら、臨床からの依頼の全てに応えていたらいずれパンクするのは目に見えている。

何といっても、医者はわがままで、医療費は天から降ってくると思っている。

だから、検査がどんどん増えて、患者さんは検査漬けになる。

その検査内容がどうというつもりはないが、必要最低限の検査にしておいてくれないと、検査科はキャパいっぱいとなってしまう。

そして、産休・育休、病気休暇などをとる人が出ると、途端に回らなくなる。

いや、どこかから人を回せば何とかなるのだが、今度は人を出したところが困る。

 

こうならないように、組織というのは伸縮自在でないといけない。

どうしてそういう組織は作れなかったのか。

その理由の一つは、長年続いてきた男性目線の考え方だろう。

子供を持ちたい育てたい、という女性の気持ちをすこしでもわかってあげていたら、もう少しお互いが助け合う幸せな社会になっていたのに、と思う。

奴隷のように働くことが美徳とする考え方からの脱却ができなければ、この国の将来は暗い。

少し余白のある伸縮可能な組織こそ、人も子どもも育てられる社会の土台なのではないだろうか。

ちょっと長めのタイムアウトの前に

夜来の大雨は止んでこの後は晴れ

来週はもう5月、ゴールデンウィーク。

暦の上では31日あるのだが、休みを差し引くと5月は2月以上に短い。

一年のうちで最も安定した季節に休養を取ることができるということで、連休は決して悪いものではない。

それに正月明けから年度末仕事で忙しく、いよいよ新年度がスタートしてその忙しさがピークに達したところでの小休止はたすかる。

でも、そのせいで気が緩んでしまうし、それまで継続的に行ってきたことが寸断される。

私の場合で言えば、日々の日常診断はもとより、研究会の準備、講演の準備など諸々のことが途切れてしまう。

 

時間というのは一瞬たりとも立ち止まってくれない。

残酷なまでに早く進む。

いずれにせよ、まだゲームに参加中の私としては、タイムアップまでの戦略を練らないといけない。

それでも「ちょっとタンマ!」と言いたくなることがある。
連休とは、私にとってちょっと長めのタイムアウトだ。

これに対し、ハーフタイムは夏休み、年末年始があって、その時は、頭も体も休ませるので、どうこうしようとしても動かないが、ちょっと長めのタイムアウトは重要な作戦を落とし込む大事な”タンマ”だ。

そうはいっても、急遽方針転換というわけにもいかないし、まだハーフタイム(夏休み)の前でもある、この小休止をどう使うか。

まずは、タイムアウトをとる前に不利な形勢(たいていの場合、タイムアウトをとるのは劣勢のチームから)を五分五分に戻すことが肝要だろう。

 

先週は私の出張続き、先週末から同僚が小児周産期病理の研修で海外に出掛けていて、私一人で部屋を回している。

彼が来る前は一人でやっていた。
しかし、どうにも二進も三進もいかなくなったところで彼がきてくれ二人病理医となり、何とか回してこられた。やはり一人に戻るときつい。

学会活動や講演などなければまだ何とかなるだろうが、それらの仕事もある。

ToDoリストを作ってみようとは思うが、意外と頭の中では整理ができていて、書き出してみるほどのことでもない。

もちろん締め切りはあるのだが、空間トランスクリプトームではないが、相互の事項の時間配分などはわかっている。

まずは形勢を五分に戻す努力だけはして、タイムアウトの笛を待つことにしよう。

ゲームに出させてもらっているのは幸せなこと

昼から雨

昨日今日と、何となく記事に元気がない。
前の日の帰り道に下書きをしたせいだろうか。

冒頭の数行はその日の朝書き足しているが、その後のくだりは帰りに書いたものだ。
朝の元気と、夜の憂鬱。人間の感情の起伏はわかりやすい。

 

出張続きだったせいか、疲れがたまっている。

よその土地へ行けば体力を使うし、初めて訪れる場所だと緊張もする。
それだけで疲れが増幅される。

知らない人と会うのもまた気を遣う。
相手がどんな人かわからない以上、それは仕方のないことだ。

 

新幹線での移動というのも、なかなか消耗するものだ。

最近は訪日客も多く、車内の過ごし方に戸惑う場面もある。
日本人向けにできている仕組みに合わせるのも、向こうにしてみれば大変なのだろう。

 

学会も疲れた。

新しい知見を聞けば、以前は知らなかったことを知る喜びが勝っていた。
それを何とか自分の中に取り込もうと、気持ちも前に向いた。

しかし今は、この頭に新しいことを詰め込む余白が、自分の中にはもうあまり残っていない気がする。

そんなわけで、学会も出るたびに疲れる。
もうそろそろ、いいかと思うこともある。

 

私の体は社会の表舞台から、少しずつフェードアウトしようとしているのかもしれない。

もっとも、何をもって表舞台というのかは難しい。
肩書きがあることでも、人前で何かをすることでもないだろう。

ただ、これまで自分がいた場所で、過去の貯金だけを頼りに生き残ろうとすることには、もうあまり未練がなくなってきた。

 

そうはいっても、もうひと頑張りはしなくてはいけない。

かつて大好きだったバスケットボールの試合でいえば、残り2分といったところか。

だが、この時間をコートで過ごせるのも、試合に出させてもらっているという幸運があってこそだ。

その幸運をありがたく思うなら、やはり最後まで走り通すしかあるまい。

今年最初

めんどくさい立場の取り越し苦労

 

晴れは今日まで


ニュースを見ていたら、57歳であるメガバンクの新しい頭取になったという人が出ていた。

思慮深そうな落ち着いた顔つきで、いかにもふさわしい感じだと思った。

自分よりも年下の人がそういったところで活躍しているのを見聞きすると、60歳過ぎの自分というものの立ち位置というのはどんなものかと考える。

 

診断の仕事をしている時は、それに集中していたらいいのだが、それ以外のこととなると、どう振る舞うべきなのだろうか。

10年前に一回り上の先生たちを見ると、ずいぶん偉そうに見えたが、今は自分がその年にある。

でもそんな先生たちのような技量も身につけないまま歳をとったから、自分がそんなに偉くないということはよくわかっている。

とはいえ、若い人と連絡を取る時は気をつけている。

おそらく、先方は私の虚像をみているから、下手なことを言って萎縮させるようなことがあってはいけないと思うからだ。

本当は、私が期待している若手の方がよほどいろんなことを知っていて、いろいろ教えてもらいたいこともあるのだが、そんなことも言えずなかなかめんどくさい。

 

病理医という存在を世に知らしめようとこのブログを始めたが、最近では病理医もずいぶん人に知られるようになってきたので、初期の目的は達せられた。

次は、私の専門分野のことを知らせたいと思う。

だが、私の専門はとても狭い領域で、これをやっているなんて言ったら、ああ、あの人かと簡単に身バレしてしまう。

身バレして何か悪いことがあるかというと、あまりないように思うが、一応宮仕えの身、自分で気がつかないうちにおかしなことを書いて、炎上でもしてしまったら勤め先に迷惑がかかるし、若い人を失望させてしまうかもしれない。

だから、建前だけでも匿名として、ハンドルネーム”コロ健”で書いている。

 

取り越し苦労というやつだろうが、いろいろ考えると面倒くさい。

若い頃は、歳をとればもっと生きやすくなるものと思っていた。
だが実際には、年齢なりの面倒くささが増えただけのような気がする。
今日もまた、めんどくさい立場で生きていくのかと思うと少し気が重い。
とはいえ、若い頃の憂鬱とはどこか違う。
これが、取り越し苦労というものなのかもしれない。